カイロプラクティックというのは

カイロプラクティックというのはボキボキしたり 痛い 怖いというイメージが強いと思いますが当院のカイロプラクティックは言いたいこともなく怖いこともありませんので安心して年齢に関係なく受けることができます。

カイロプラクティックと言うと 色々な症状がゆがみから起きていますので歪みを改善することで色々な症状が変化して楽になることです。

カイロプラクティックという意味はカイロというのは手という意味で、プラクティックというのは術とか技と いう意味があるので 手技療法とか言うのが一般的ですね。

手技療法

手技療法なので手の技で体を整えていくのが本当のカイロプラクティックなので低周波などの電気や物量は用いないで体を整えていくことがカイロプラクティックの基本です。

カイロプラクティックで扱う対象となる症状はいろいろありますが、腰痛や肩こりや頭痛、生理痛、生理不順、 首の痛み、首のこり 、便秘、下痢、 疲れやすい、だるい 、坐骨神経痛、椎間板ヘルニア、交通事故の後遺症のトラブル 、眠りの問題、夢ばかり見たりして寝ている、寝つきが悪い、夜中に何回も目を覚ます、 イライラしやすい、 鬱、パニック、 などいろいろな症状がありますが、これらは一例ですので後 書いてないものは電話でもご相談してください。

そして当院のカイロプラクティックの治療では 美容整体という部門の治療をしていますので美容整体では小顔矯正をしたり、骨盤矯正をしたり 、輪郭矯正をしたり、アゴのラインをスッキリさせる矯正、 ウエストを細くする引き締める矯正、体重よりも見た目を細くする矯正、 むくみを解消 することをしています。

特に美容整体の部門を当院では力を入れていますので 多くの方が 希望されてきていますので初回から変わることを保証しています。

その代わりと言ってはなんですが

必ず変えたいところを希望してどういう風に変えたいのかということを希望されてください。

特にターゲットを絞って治療していくと効果が大きくなりますのでご自分の手では触って覚えておくことを希望しています。

いくら美容整体で体を変えても細くしても小さくしてもご自分でわからなければ意味がありませんので ご自分の手で触って幅などを覚えるようにしてください。

カイロプラクティックというのは

今から約100年以上前にダニエルデビッドパーマーという方が カイロプラクティックの原理を考えたので パーマが創始者と言われています。

原理を考えて体系づけたのがパーマなのでそして初めて人に対して矯正をしたと言われている人です。

ダニエルデビットパーマーは1845年3月7日 生まれで カナダのオンタリオ州ポートベリーに生まれました。

彼は20歳の時に生まれ故郷を出てアメリカに移住することを決意しました。

アメリカのイリノイ州ニューボストンに住まいを構えたパーマはある一つのテーマに集中していました。

この研究しているテーマは 簡単な疑問から生まれたことでした。

同じ親から生まれ同じ食べ物を食べて いるのになぜ兄弟でも強い人と弱い人が生まれるのか。

そして

一つの体の中に 弱い内臓と そうでもない内臓があるのか。

内臓のどこかが悪い時に病院に行くと薬を使うことを試みますが薬というのはターゲットを絞って 薬剤が入っているわけではありませんので全身に行き渡りながらという状態をするのはどうしてかと言うのをパーマはいつも疑問に思っていました。

これが正常な内臓にもまた神経にも影響を及ぼして それにおいて調子が悪くなるところがあるのではなかろうかということに注目していきます。

そしてパーマーはそういう研究課題のテーマを考えながら1885年 アイオワ州ダベンポートに引っ越して 、 ビルの4階の角に 治療院を構えました。

パーマは病気を治すのが 方法があるということを探るためにその探るためには何をすればいいかということを考えている日々でしたがあるとき背骨の状態に行き当たりました。

この考えにとりつかれてパーマは寝食を忘れて研究する 生活が続いて行きました

それからさらにカイロプラクティックに至る道が長く続いていきます。

カイロプラクティックの初めての矯正と言われる出来事がここで起こります。

あるときパーマのオフィスの管理人兼総理りんである ハービーリザードという 肩がパーマのオフィスに来て もう帰り支度をしているパーマに向かって掃除するよっという感じで言ってパーマは帰ろうとしましたが、 リザードの横を通り過ぎようとする時にある 部分に目がたまたま行きました。

それは不自然な首の出っ張りでした。

リザードは この時には 窮屈な姿勢で身をかがめた時に何かが背中を走るような感じがして、それっきり何も聞こえなくなったということで耳の障害を持っていました。

このときにパーマはもしその背骨の出っ張りが元に戻れば耳の聞こえる力つまり聴力が回復するかもわからないということを考えていました。

そして掃除人兼管理人であるリザードの承諾を得てベッドの上に 寝てもらってその椎骨を みてみました。

やはり骨が出っ張っているような感じでしたので 少し押してもいいかということで 了承を得て 押してみました。

そうするとボキッと音がして 本人もビックリするぐらいの音でした。

しかし それから17年間聞こえなかった聴力が少しずつですが 戻ったということを言っています。

しかし17年間の間聞こえなかったわけですから完全に戻ることはありませんでしたが 生活に支障がないぐらいには聴力は回復してきました。

このことがカイロプラクティックの 初めての背骨の矯正ということで調整のことをアジャストというのでカイロプラクティックの最初のアジャストになりました。

最初の矯正からほどなく2回目の成功例が起こりますこの時は症状がはっきりしない心臓病で来た患者さんが いてやはり椎骨、背骨の矯正をして治っているということがありました。

病院に行っても治らなかった心臓病が治ったということで パーマは自分の研究の革新を強めていきました。

ダニエルデヴィッドパーマーの患者であり友人でリバーランド サミュエル ウィードという方は言語に堪能な学者でしたからその友人にこの矯正の名前をつけてほしいということを依頼しました。

いくつかの言語を提案した時に頭の中にカイロプラクティックという言葉があったのでパーマ自身が選んでカイロプラクティックという意味を持つ言葉を選びました。

こうしてカイロプラクティックという 治療技術が 1896年1月14日に誕生しました。

当院の院長も パシフィックアジアカイロプラクティックアソシエーションと言う 東京にある団体に所属していますのでその団体の正会員になっています。

パシフィックアジアカイロプラクティックアソシエーションというのはカイロプラクティックの 書籍を出版している 由緒正しい団体です。

パシフィックアジアカイロプラクティックアソシエーション略して PAAC と言いますが アメリカの大きな団体と 姉妹協会になっています。

パシフィックアジアカイロプラクティックアソシエーションは東京の池袋に本部を置いています。

池袋駅から歩いて5分の位置にあります。

 

 

 

 

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